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Alex Oyler

SDVのスタートアップはどこに存在するのか?

SBD Automotiveでは、ソフトウェアディファインドビークル(SDV)をめぐる戦略メッセージ、投資、サプライチェーンの、ツールチェーンの開発など、急速ではあるが予測されていた変化を継続して追跡しています。こうした状況の中、スタートアップの活躍が業界全体の変革の一端を担っうであろうというのは、妥当な予想だと言えます。変化には機会が伴うものであり、ブルーオーシャンは起業家、つまり業界のビジネスモデルを変えるようなスタートアップを生み出すタイプの人々を惹きつける傾向があるからです。しかしながら、「SDVスタートアップ 」の現実はまったく異なっています。


現実には多くのスタートアップによって変革が加速するどころか、OEMによるソフトウェアの内製化や、不完全なソフトウェアアーキテクチャの変更、既存のソフトウェアおよびハードウェア企業による市場シェアの防衛などが影響し、SDVイノベーションのエコシステムは停滞しています。


様々な要因が重なり、車載ソフトウェアに特化したスタートアップのエコシステムの成長が制限されているようにも見受けられますが、SDVにおいてスタートアップが生み出すイノベーションの可能性は本当に限られているのでしょうか?


本記事では、SDVスタートアップから期待されるイノベーションの流入と、そのインパクトが限定的であるという現実とのギャップについて検証します。自動車業界と新興企業の歴史的な関係を探りながら、自動車業界への投資を引き付けるような市場機会を特定し、新たなビジネスチャンスがどこに出現するかを分析します。また、起業家、業界の投資家、ベンチャーキャピタル(VC)企業が、SDVエコシステムにいつ、どのように戦略的に投資すべきかを評価するためのフレームワークを紹介します。


自動車業界とスタートアップとの関係についての歴史的見解


自動車業界は、歴史的にスタートアップ・コミュニティとの関係が特に密接というわけではなく、過去15年から20年の間にその活動レベルが高まったに過ぎません。


SBD Automotiveの分析によると、自動車メーカーによる投資は2010年代後半に着実に増加しましたが、直接的な買収は減少しています。多くのベンチャーキャピタル(VC)がテクノロジーやウェブ分野に資金を振り分ける一方で、自動車メーカーは広範なサプライヤーパートナーからハードウェアとソフトウェアを採用して自動車を製造する従来型の手法をとり続けました。しかしながら、こうしたアプローチでは多くの場合イノベーションが生まれる余地が限られます。


2010年代には、OEMによるスタートアップへの投資は、データの収益化とコネクテッドサービスを主眼に置いたもので、SDVが本格的に注目されるようになったのは2020年になってからです。TeslaのModel SやModel Xで使用された独自のソフトウェアプラットフォームなどは、このトレンドの先駆けであったとみられています。SBD Automotiveでは、以前からこのトレンドを「CAR IT」と表現しており、2021年に発行したSDVに関する初の詳細なレポートにおいて、SDV分野への投資の急増とソフトウェアサプライチェーンにおけるディスラプションの流入について言及しています。


Teslaが引き起こしたこの破壊的変化が触媒となり、スタートアップの活動が活発化しました。Sibros、Tekion、Phantom AIといった企業はすべて、自らのアイデアによりソフトウェア主導のイノベーションを加速させる可能性があると考えTeslaを退社した同社の元従業員から生まれたものです。


しかし、それでも、SDV分野におけるスタートアップの活動レベルは、自動車メーカーからの投資やニーズのレベルに対し控えめな印象を受けます。その代わりに、多くのVC資金は、より広範で多面的な市場(そして間違いなく、SDV全体の新たな構成要素)である 人工知能(AI)に流れています。


では、SDV分野のスタートアップはどこに存在しているのでしょうか?起業家の不足なのか、それとも単に資金不足なのでしょうか?


イノベーション(と規模拡大)のためのプラットフォーム


スタートアップの創業者が投資を促進するためのピッチデッキを作成する際には、TAM/SAM(Total Addressable Market/Serviceable Available Market)を理解することが不可欠です。これは消費者市場(B2C)やビジネス市場(B2B)であっても、最終的に以下の3つの要素を証明する必要があります:


1. 市場にギャップが存在すること

2. 自社の製品がそのギャップを満たすことができること(製品市場適合性)

3. その市場で利益を上げるビジネスモデルを持っていること


このフレームワークをSDVに適用すると、1と2の要素を満たすアイデアは豊富に存在するでしょう。問題となるのは3の要素です。


現在、SDVの機会は自動車メーカー間で断片化されており、スタートアップが複数の車両にアクセスできるような共通のプラットフォームはほとんど存在しません。GoogleやAppleのような企業は、独自のインフォテインメントエコシステムを自動車に持ち込んでいますが、これらのシステムは、顧客向け車載アプリケーションの商業的魅力が限定的であるため、新規開発にとって一般的に魅力のあるチャネルとは言えません。これらのチャネルは主に、既存のアプリやサービスプロバイダーが既にに利益を上げているサービスを別のチャネルに拡張するための手段と見なされています。


車両のボンネットの下では、何百万行ものコードが実際の機能を制御しています。自動運転システム、車両制御、アクティブセーフティなどのソフトウェア主導の機能は、主に自動車メーカーとそのTier 1サプライヤーによって設計されており、これらのシステムを動かす高度にカスタマイズされたソフトウェアを、多くの場合カスタマイズされたプラットフォーム上で、テストするソフトウェアエンジニアのチームに依存しています。


BlackBerryのように、車載オペレーティングシステムソフトウェアの一部で健全な市場シェアを持つ企業もあります。少数の既存企業の存在は、安定性や、車載ソフトウェアに共通するニーズへの投資につながるといった点から有益だと言えます。


しかし、その全体像を分析すると、たとえSDVの過渡期であったとしても、スタートアップへの投資を魅力的なものにするような、具体的で短期的な機会に富んだスケールの余地はそれほど大きくありません。自動車ソフトウェアの仕組みを理解している既存のソフトウェアベンダーやTier 1サプライヤーが、この機会を最もうまく捉える可能性が高いでしょう。


ただし、SDVの技術スタックが成熟すれば、この状況は変わると見られます。仮想化や、オペレーティングシステム、ミドルウェアソフトウェアのオープンソース化や標準化が進み、OEMがアプリケーションソフトウェアやその他の「差別化」領域の開発により多くのリソースを投入するようになる中、テクノロジースタックがより成熟し、市場への道筋(そして規模)がより明確になることが期待されます。


これにより、スタートアップ創業者たちは、ようやくアドレス可能な市場を確信をもってターゲットとすることが可能となります。


業界のPains(課題)とGains(機会)


今日、業界には課題があるものの、こうした課題がスタートアップに対する投資機会の扉を開いています。

コネクテッドカーの登場により、データ主導のプラットフォームにイノベーションの余地が生まれています。例えばSonatusやAurora Labsといったスタートアップは、機械学習、データ分析、ソフトウェアアップデートなどの非差別化機能向けに新しいカー・トゥ・クラウドのチャネルを構築しています。またサイバーセキュリティ規制が新たに登場する中、GuardKnoxやUpstreamのようなセキュリティに特化したスタートアップが設立されています。


しかしながら、SDVへのシフトに伴う大規模で複雑な課題は、テックジャイアントの領域となっています。AWSがソフトウェアエンジニアリングツールに重点的な投資を行う一方、Google は、Android Automotive(現在、IVI OSスタックの少なくとも一部についてデファクトスタンダードとなっている) Google ビルトイン(旧Google Automotive Services)、Google Cloud(AIと音声)を通じて、自動車向けポートフォリオを拡大しています。

Googleビルトインを介して車両から家庭の照明を制御

さらに、BlackBerryやElektrobitなどの企業は、SDVロードマップを支えるゾーンアーキテクチャ向けに設計された新しいオペレーティングシステム機能の展開を加速させています。

また、オープンソースソフトウェアへの注目が再び高まる中、ハード化されサポートされたOSSという新しいタイプの市場機会が創出されています。


さまざまなOEMベンチャーファンドから出資を受けているスタートアップのApex.AIは、Robotics Operating System(ROS)やAutoware Foundation(Apex.AIが2019年に設立)を基盤に、自動運転モビリティおよびロボティクス向けのソフトウェア開発キットを開発してきました。日本のスタートアップであるTier IVも、こうした取り組みに参加しています。クラウドにおけるオープンソースソフトウェアのパイオニアであるRed Hatは、General Motorsとの提携により、ASIL-B認証を受けたオープンソースベースの車載システム向けのオペレーティングシステムを開発しています。


このようなソフトウェアプラットフォームは、多額の資本と特にニッチなスキルセットを必要とするため、ほとんどのスタートアップにとっては魅力的な提案とは言えません。そのため、SDVへのシフトを促進するソフトウェア開発に最も適任と思われるのは、既にこの分野に深くかかわっている企業だということになります。


SDVエコシステムにおける現在の課題と機会


自動車メーカーやサプライヤーと自動車技術の新興企業をつなぐフォーラムを主催するグループ、AutoTech CouncilのDerek Kerton氏との会話の中で、同氏は現在のSDVの状況が2000年代半ばのスマートフォンの状況に似ていると指摘しました。自動車業界においてはTeslaがテック業界のAppleに匹敵する存在となっていますが、成熟した技術製品を持つ既存企業のエコシステムが、革新的な製品やHMIによって完全に覆されつつあります。


スタートアップがスケールアップできるようなエコシステムは成熟していないものの、同氏は、下記のようなスタートアップが自動車向けの技術コスト削減と最新のソフトウェアスタックの加速に取り組んでいる点を強調しました:


PreAct Technologies:先ごろ、従来のLiDARシステムよりもコストパフォーマンスを改善できる新しいフラッシュLiDARセンサーを発表。2023年4月にState Farm VenturesやLuminate NYなどの投資家からシリーズBの資金調達を完了。


OxidOS:Rustベースの車載ECU向けセーフティクリティカルOSを開発中。欧州を拠点とし、2022年にシードラウンドを完了。


自動車技術分野で取り組みを進める、これらのスタートアップや他の企業については、 2024年9月に開催されるAutoTech Council Science Fairでも取り上げられる予定です。


他のインキュベータや投資部門も、こうした動向に注目しています。Woven Capital(Toyota)、GM Ventures、BMW i Venturesなどは、それぞれの親会社の戦略目標に沿ったスタートアップへ投資を続けています。また、Magna Technology Investments、BlackBerry IVY Innovation Fund、Densoといったサプライヤー主導のベンチャーファンドも、OEMへの価値提案の強化を後押しするようなスタートアップを模索しています。


しかしながら現実には、多くの車載ソフトウェアが魅力的なビジネスケースを作るのに十分な規模に達していないか、個々のOEMによって知的財産を買収される可能性が高くなっています。SDV分野における真のイノベーションは、エコシステムが確立されて初めて見ることができるでしょう。


一方注目すべき動向として、VolkswagenによるRivianへの投資があります。これは世界トップ2のOEMがトップEVスタートアップの1つへ投資するというもので、重要とされるのは、RivianがVolkswagenのポートフォリオのギャップを埋めるからということだけではなく、むしろ、完全に統合され、高度かつカスタマイズ可能なSDVスタックを持っているためです。これは、OEMがSDVに関して解決すべき根本的な大きな課題、つまりOEM自身でない限りほとんどのスタートアップでは対処できないような課題を抱えていることを浮き彫りにしています。


投資機会を最大化するために


SBD Automotiveの調査レポートや個別のコンサルティングサービスでは、お客様の投資部門が最適なイノベーターを選択する際に、強力なサポートを提供します。


毎月発行する「スタートアップ企業最新動向」レポートでは、自動車業界に関連するスタートアップにスポットライトを当てその最新動向を紹介しています。 「イノベーションガイド」レポートでは、スタートアップの活動において次の大きな機会となり得る画期的なテクノロジーについても詳説しています。今秋発行を予定しているレポート 「自動車業界におけるAI」では、生成AIやニューロモーフィックコンピューティングなどのAI技術が、カスタマーエクスペリエンスや業務効率化にどのように応用できるかについて検証します。


またSBD Automotiveでは、業界の投資家向けに、包括的な市場評価と、潜在的な投資対象の検討を行い、十分な情報に基づいた意思決定とSDVロードマップを推進するための戦略的なIP取得をサポートします。


本記事やSBDの調査レポート/サービスに関しては、下記またはSBD Automotiveジャパン(Postbox@sbdautomotive.com)までお気軽にお問い合わせください。



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